すこしかじり虫

多趣味で結局無趣味。なんでも中途半端。そんな性格の人が書いてるブログです。

思い出し日記 1986年

8月5日

午前5時起床。見事に小雨が降っている。台風が襟裳岬の辺りを通過するそうだ。とんでもないことだ。

カップラーメンとコーヒーの朝食。

拓銀が開くまでまだまだ時間はあるし、コインランドリーにもこの雨の中行く気がしない。意を決し、紋別駅を出る。

R238を南へ。

用意してきた雨合羽が雨合羽じゃないことにこの時初めて気づく。ファスナーの部分から水が入り込み、その中のジャンパー、Tシャツ、体の芯と濡れてしまう。体温を急激に吸われてしまう。寒い。凍えてしまう。ブーツカバーもないから両足がそのままずぶぬれ。

サロマ湖なんてのんびり見ている気分じゃない。甘く見ていた。常呂に入ったあたりから雨足が強くなる。体が震える。網走に入るとようやく雨も上がる。でも骨の髄まで凍えているようだ。

網走番外地到着。すごくバイクが多い。松山千春の「オホーツクの海」がエンドレスで流れていた。

今朝買ったばかりのタバコもポケットの中に入れておいたらびしょ濡れでパー。新しく買う。

網走駅に入るが体に震えは止まらない。畜生。拓銀へ行き、3万円引き出す。網走駅のTVはNHKだった。(どうでもいい)

メロンパンをむさぼり、缶コーヒーを流し込む。時間はある。川湯へ行こうか、それとも雨に降られそうだからここにこのまま泊まろうか。迷う。

2時20分、網走駅を出発。R39を美幌町へ。

本当は北見へ行って阿寒湖を見てから川湯へ向かう計画だったのだが、美幌峠からの屈斜路湖の景色が絶品だというので変更する。

雨がぽつぽつ降りだす。雨合羽を前後あべこべに着る。見栄えは悪いが、水の入り込むファスナーが背中になるので、さっきのようにずぶぬれにはなるまいて。ズボンのすそもビニールテープでしぼませる。

美幌町からR243で美幌峠。途中何度か休む。屈斜路湖は想像以上に美しかった。綺麗だ。冗談じゃなく本当に心が洗われる思いがした。

明日は摩周と阿寒だ。

川湯へ行くが先客が多くて駅には泊まりづらい状態だった。

弟子屈駅もそうだ。もうちょっと早く来ていればよかった。美留和駅という手もあったのに。

ガキの「泊る所はお決まりですか?」の声につられて、ついVTのお姉さんの後について飛び込んだのが、民宿「樫の家」 温泉付きで飯はなし。料金は1000円だという。カップラーメンとコーヒーの晩飯。

おじさんのバンに乗って本館「泉屋」(だったかな?)の温泉へ。久しぶりの温泉は気持ちよかった。

広島大学総合科学部一年のワンダーフォーゲルの中川君と相部屋になる。いろいろ山の話をして楽しかったな。(中川君には後日暑中見舞いの返事と角川シアターの無料チケットをいただく)

明日は朝一番にガソリンを入れなければ。いつかの二の舞になってしまう。

  

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言わずもがなの網走刑務所

  

  

  

 8月6日

午前7時10分起床。

起きたらすぐに時計を見る癖がついてしまった。やはり布団になるとぐっすり眠ってしまう。当然のように中川君はもう布団をたたんで発ってしまっている。今日は湖で会えるだろうか。朝食にカップラーメンとコーヒー。

またしても雨。パリダカ(何のことをこう表現したのか、今では覚えていない)とGPzFの二人の出発に続いて、8時20分。弟子屈を発つ。

最初阿寒へ行く道がわからずはじめに摩周へ行く。雨と霧の摩周湖だった。

R241~R240と続く峠道で何度か休ませる。エンジンが心配だ。

11時半、ようやく阿寒湖畔へ到着。パンか何かで昼飯をすまそうかと思い、コンビニエンスストアらしい店先にバイクを止める。案内のおじさんに言われ、気づくとそこは食堂。やたら高い。畜生! 阿寒湖畔はバイクを気軽に止められないほどしっかり観光地してたのが嫌だった。食堂の人も俺のような薄汚い格好の者に「奥のほうが空いてますが・・」だって。悔しいからそのまま入り口付近のテーブルに落ち着いたまま・・・ちょっと意地悪だったかな。

R240を美幌へ。ほとんどスロットル一定の50km/hで走る。美幌の小さな店で一服。リアブレーキの調子がおかしい。また同じR39を通って網走にもう一度行くのを嫌って美幌から道道239、斜里美幌線を西へ。東藻琴のコインスナックで休憩。

バッテリ液がほとんど入ってなかった。リアブレーキの遊び調節がうまくいかない。オイルも補充。あ、そういえば美幌には拓銀があった。上川にはなかった。

斜里駅へ行くが泊まれないようだ。中斜里駅もだめだ。

午後5時過ぎ、霧雨の中清里駅へ着く。ここには弘前ねぷたと黒石よされ、それに八戸三社大祭のポスターが貼ってあった。斜里駅には扇ねぷたのミニチュアが飾られてある。斜里にもねぷたまつりのようなものがあるらしいことを聞いたことはあるけれど。

ふと思ったことだが、自分はその日その日に今晩はあそこに泊まろうというつもりで出発する。それでいいのだろうか。行けるとこまで行って暗くなり、夜になったらその時にその場でどこか適当な場所を探す、というそれが本当の野宿じゃないだろうか、なんて考えだした。バイクは50ccだし、手入れはあまり行き届いてないし、峠を上り下ってそんなギリギリの走行なんて出来やしないと思う。例えば初日の深川のように。へたってエンジンがかからなくなったりすると困る。

とにかく、今日は摩周湖や阿寒湖の峠道を息せき切って走ってくれたGN50Eにお疲れさまと言いたい気分だ。

冷えた体をまたしてもカップラーメンとコーヒーで温める。もっと考えた食事を出来ないものか。南稚内のカレーやワカメスープのように。

泊まるのに駅をあてにせず、本物の野宿を目指して頑張ってみようか。

(テントも持ってなく、当時はまじめにこんなことを日記に書いていた。なんて痛い若者なんだ)

  

  

  

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霧と霧雨の摩周湖